傾向からみる天皇賞(秋)

牝馬による天皇賞制覇を見てみますと、春秋を通じ、過去14回ほどあります。

春の天皇賞を見ますと、1953年に行われたレースでレダの勝利による1度だけです。

あとの13回はすべて秋の天皇賞での勝利、ということになります。

秋の天皇賞は1984年から2000mに変更され、変更後は3頭の牝馬優勝が出ています。

しかし長距離だったそれ以前も、10頭もの牝馬優勝を果たしており、東京競馬場のコースとの相性がいかに重要であるかが表れている結果でしょう。

プリティキャストは、秋の天皇賞が長距離で行われていた時期の、最も記憶に新しい馬ではないでしょうか。

柴田政人を騎手とし、人気を集めていたホウヨウボーイ、カツラノハイセイコーをおさえ、大逃げのレース展開を見せます。

道中は圧倒的な逃げを見せ、その差100m以上もつけて逃げを打ちます。

直線では脚の疲労が見えスピードは衰えますが、このあまりにもと言える差は埋められることなく、結局7馬身差をつけての快勝となります。

これは牝馬優勝ではトウメイ以来の出来事となります。

レース展開を詳しく見ますと上がり3Fは40秒台、レース中も危なげなく逃げ切っており、完全に勝ちレースの展開を見せています。

この圧倒的な逃げ切りの勝ちレースは当時のファンのみに限らず、現在でも秋の天皇賞の語り継がれるレースに一つといえるのではないでしょうか。

近年ではスプリントレースとなり強くスピード自慢の牝馬が活躍する傾向が強まっています。

短距離となった秋の天皇賞、今後も強力な牝馬の古馬に期待するファンが多いでしょう。

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